気がついたらペダルを漕いでいた。

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    「これはもう、あれだ、逃げるしかないな。」

    連夜朝方まで続くWEB稼業、締め切り直前の中、gitでコミットに失敗した瞬間、そのデザイナーは突然そう呟いたという。名実ともに日陰な商売を営む者にとって、息抜き(という名の現実逃避)は何かしらあってしかるべきだ。じゃないと精神がもたない。ある者は旅行、ある者はジョグ、ある者はボルダリング…。自分の場合はゲームがそれにあたるのだが、仕事と同じ部屋、同じデスク、同じ姿勢でやるそれは、息抜きできているかどうかはともかく、根本的に何か間違ってる。勝ち負けでいったら負けている気がするのだ。年齢も40を越えて体にガタが来る頃だし、できれば運動系が望ましいが、ようやく四十肩が治りかけた程度の人間に、一般人並のアクティビティは期待できない。

    そんな煮え切らないコンディションで淡々と仕事をこなしていると、ある日たまたま有名な自転車漫画のコンテンツを請け負う機会があった。当時は全く知らなかったが、コミュニケーションの種にと数巻買って読んでみたら、なかなか面白い。自転車といったらママチャリかおしゃれ自転車、せいぜいマウンテンバイクくらいしか知らなかったが、作品に出てくるのは洗練されたスポーツ自転車。速さを追求した素材、プロポーション、グリップでカチカチ操作するシフト…。「こ、これはかっこいいかもしれない…。」

    何を隠そう、自分も昔自転車に乗っていた時期があった。それは高校生の通学というレベルではなく、生まれ育った群馬県赤城村(現渋川市赤城町)から親戚の住む千葉県野田市までの約120kmを往復(別工程)をはじめ、自動車免許を取得するまでに100kmクラスのライドは何度も挑戦していた。ただ、当時は目的地に着くことだけが目標だったため、自転車そのものはなんでもよく、そのときだけ人から借りたギヤ付きのチャリや、知人から譲り受けたマウンテンバイクなどなど、スペックにやる気は全く感じられない。当然、ロングライドの醍醐味である「道中を楽しむ」ことなど皆無。金も知識もなかったせいもあるが。

    とにかく「ちょっと触ってみたい」モードになった人間は、なんとかそのチャンスを模索する。ところが、我が家は原則「自転車禁止」。理由は、危ないから。特に一般道を走るロードには嫌悪感すらあり、その心理は、スノーボードが流行りだした頃ゲレンデのど真ん中で座り込むボーダーに冷ややかな視線を送るスキーヤーさながら(今ではスノーボードのほうが楽しいくせに)。なので、いきなりロードに乗りたいといっても家族を説得するのは難しい。我が家で自転車を買える条件はこれだ。

    ・オシャレ(クラシックなシルエットやモダンな折りたたみetc...)
    ・色がかわいい(家の外観とあわせること)
    ・お値打ち
    ・できれば電動

    今のモチベーションとは気持ちいいくらい真逆のコンセプトに、ロードが入り込む余地はA4用紙1枚分の厚さもなさそうだ。でもめげずにいろいろ調べた所、ひとつの可能性を見出すことができた。「ミニベロロード」というジャンルだ。

    ミニベロは、ホイールのサイズが20インチ前後からそれ以下の、いわゆる小径車のこと。折りたたみ自転車をはじめ主に街乗り用の自転車が多い。見た目もオシャレだ。そしてなんと、このジャンルにもロードカテゴリーが存在する。ホイールサイズは小さいがロードさながらの細いタイヤ、ドロップハンドルと本格的なロード用コンポーネントも実装している。車体も10kg以下と軽い。価格はさまざまだが、安いのを探せば実売価格5万円前後からある。電動は無視するとして、おおむね条件は満たしている。思ってたのとはちょっと違うが、シフターを装備しているので、物欲の観点からも「コレジャナイ!」ってほどではない。「よし、これを買おう!」かくして、ド素人サイクリストはミニベロロードに白羽の矢を立てた。

    ルイガノ「LGS-MV3R」を購入

    この時点で、まだ自転車の知識はほぼ皆無。メーカーにも詳しくない。そこでまず、嫁の好きなメーカーで選ぶことに(そのほうが説得材料になる)。結果、ルイガノというメーカーから該当のカテゴリーを見つける。調べるとラインナップに松竹梅があり、もっともリーズナブルな製品に「LGS-MV3R」というのがあった。変速はフロント2段リヤ9段。色も白、青、黒と選べる。申し分ない。色についてはあーだこーだあったが、最終的に白に決定。「家の外観を損ねない」という表向きの説明をしたが、本当は持っている圧力鍋が白だからだ。



    購入したのは、横浜の自転車専門店「ASSIT YOKOHAMA」さん。当時はモデルチェンジの時期でまだ製品自体が存在せず、注文というかたちだったのだが、なぜ自宅から30km以上も離れているお店で買ったかといえば、単に近くの取扱店を知らなかったから(その後、ルイガノは取り扱い店も多いことを知る)。事前に数週間毎日10km程度の道でトレーニングしていたとはいえ、操作もままならない初めてのチャリでいきなり30kmはキツく、ようやく見慣れた区域に戻ってくる頃には、首が痛いやらケツが痛いやらチ◯コが痛いやら。それでもこのチャリ、速い!まあ、ロードを知らないので比較はできないが、少なくともトレーニングで乗っていた同じく小径車の折りたたみより、体感で10kmくらいは速い(気がする)。圧倒的、圧倒的に面白い。今まで自分が知っている自転車の概念を、東京ドーム2つぶんくらい軽く超えている。この時はサイクルコンピューターもビンディングもなかったが、気づけば夢中でペダルを漕ぐ自分がいた。

    こうして、深い深い自転車の世界に片足を突っ込むことになったわけだが、
    半年後に訪れる恐怖を、このときはまだ知る由もなかった(嘘)。
    …まあ実際、飽きるのが早いか、壊れるのが早いか。だとは思っていた。




     


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